高野山麓ツーリズムビューロー

 世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産がエリア内には点在します。寺社仏閣だけではなく、いにしえより多くの人々が歩いた祈りの道も「参詣道」として世界遺産に登録されています。

黒河道

 黒河道(くろこみち)は、麓のまち・橋本から高野山までの最短距離を行く近道とされ、また、大和国からの参詣客がしばしば利用することから「大和口」とも呼ばれました。険しい道が特色で、急坂が多いのですが、文禄3年(1594)の豊臣秀吉の高野参詣の帰途に用いられたことが文献にみえ、高野参詣の主要ルートであったことがうかがえます。

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高野山

明治以前は高野山全体を総本山金剛峯寺といい、「一山境内地」とされていました。
山内は「奥之院」と「壇上伽藍」を二大聖地とし、今も人々の信仰を集めています。 奥之院には、墓石群のほか慰霊碑や供養塔なども数多くあり、民族や宗教の違いに関わらず全てを受け入れる寛容さは、高野山が1200年継承してきた精神であり、その魅力となっています。

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京大坂道不動坂と女人道

高野山は1,000m前後の山々に囲まれた山上の盆地で、明治5年に女人禁制が解かれるまで、厳しく女性の入山を規制してきました。高野山への参詣道として俗に「高野七口」と呼ばれる街道が通じており、かつては各入口に女性のための籠り堂として女人堂が建てられ、女人信者は弘法大師空海の御廟を拝みたいと、女人堂から女人堂への峰々を辿ったといわれ、この道を「女人道」と呼んでいます。

このコースでは、極楽橋駅から京大坂道を経て、現存する唯一の女人堂である「不動坂口女人堂」から奥之院(「奥の院前」バス停)までの女人道を巡ります。
【距離:約8.9km 標準歩行時間:約3時間30分】

※但し、「奥の院前」バス停から中の橋を通り、奥之院御廟までは更に約1km。
「奥の院前」バス停から一の橋を渡って奥之院御廟に至る場合は、約2.7km歩きます。
※歩行時間に休憩時間は含まれていません。

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三谷坂

 高野山開創を考える上で重要な丹生都比売神が最初に降臨したとされる丹生酒殿神社と丹生都比売神社を結ぶ重要なルートで、明治期には丹生都比売神社が県社から官幣大社に昇格したことを知らせる勅使が通ったことから、「勅使坂」とも呼ばれています。

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町石道

高野山町石道は、弘法大師・空海が高野山を開創した際、木製の卒塔婆を建てて道標とした表参道です。

弘法大師はこの道を通り、月に9度は山をおりて麓の慈尊院に滞在していた母のもとに通われたといわれ、現在の地名「九度山」の由来となりました。やがて、大師信仰の広まりとともに多くの人々が参拝に訪れるようになり、高野山へ通じる7つの道が開かれ、「高野七口」と呼ばれました。

中でも高野山町石道は主要参詣道として利用され、町石は単なる道標ではなく、参拝者が卒塔婆形町石に礼拝をしながら山上を目指したことを今に伝えています。

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丹生都比売神社

 1700年以上前の創建で、紀伊之国一之宮です。天照大御神の妹神である「丹生都比売大神」を祀る全国の総本社。弘法大師・空海はこの神社の社地の一部を授かり高野山を開山。大神は壇上伽藍の御社にも祭られています。朱塗りが美しい太鼓橋は淀君の寄進と伝わっています。

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